
「Dear カンタくん」〜サイバラ語録に寄せて〜
西原理恵子先生の作品が好きだ。
どこがどういう風にすきなのか、評論家めいたことは西原先生に失礼なので割愛するが、大切な言葉がいつもそこにある。
一番忘れられない言葉となったのはこの一文。 おじいちゃんが、孫との会話で発したすごく納得させられたこの言葉。
「人はなあ、2度死ぬで。 1回目は魂が体を離れたとき。
そして2回目は、みんなから忘れ去られたとき・・・。
そのときに、魂が死ぬんや。
だあれも覚えとらんようになったとき。」
一語一句覚えているわけではないが、そのような意味だったように記憶している。
いや、そのような意味と私はとらえた。
おじいちゃんは多分、「死」という言葉をこのとき否定的な意味で使っていたかもしれない。
でも、そのとき初めて、私にとって「死」というものが絶望的なものでは無くなった。
「人はなあ、2度死ぬで。」
何故だかそのとき、「虹の橋」の話が頭に浮かんだ。
愛されていたペットも、そうでないペットも、魂が体から離れた瞬間そこにいく場所だ。
そこでずっと、愛した人、愛された人の到着を待つ。
愛されなかったペットは、生前愛を知らなかった人間を待つ。
そして一緒に虹の橋を渡っていく・・・・。
「生き物は2度死ぬ」
私はそう思った。
愛され続けたペットは、虹の橋のたもとについて愛しぬいた飼い主さんの到着を待つ。
苦しみながらではなく、仲間達と一緒に楽しく待つ。
そこでは時間という感覚はなく、どんな長い月日を待ち続けても飼い主さんとの再会はあっという間。
カンタ君という、友人が大切にしていたポメラニアンが、先日虹の橋のたもとへ旅立っていった。
でも、魂はそこにある。
飼い主さんがカンタ君のことを思い続けている限り、カンタ君の魂は元気なままの姿でそこにある。
いつかはやってくるクロエとエビスとの別れ。
どんなにつらいことだろう。
果たして乗り切れるだろうか? 自信は全く無い。
でも、そのときに。 必ず思い出すであろうこの言葉。
「生き物は2度死ぬ」
魂が肉体を離れても、私が覚えている限り、きっとそこにいてくれる。
そう信じるだけで、乗り越える勇気が少しだけわいてくる。
「死ぬ」という言葉は、あまりいい印象を与えないけれども、そう考えると少しだけ直視できるような気がするから不思議だ。
避けては通れない事なんだし・・・・。
私はこの先、この言葉をずっと大切にして生きていく。
私たちが覚えている限り、生き物の魂はそこにある。
dedicated to Pomeranian called "Kanta" with adorable smile
July 5th 2007
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